<昭和19年(1944)6月~9月> ・ソ連軍が反転大攻勢 ・東條内閣の後継・小磯内閣が「国民総武装」を閣議決定 ・グアム島の日本軍全滅 ・学童疎開船・対馬丸が米軍潜水艦の攻撃で沈没 ・連合国軍が「パリ解放」ド・ゴール将軍がパリ凱旋 <内容> 1944年6月、ソ連がドイツに対し大規模な反撃を開始。劣勢になったドイツ軍は撤退をヒトラーに求めるが認められなかった。この時、ヒトラーはアルプスの山荘で愛人エヴァと一緒にいた。山荘でのヒトラーの様子が当時としては貴重なカラー映像で残っている。一方、太平洋ではサイパン島を占領したアメリカ軍が、テニアン島・グアム島を次々と攻略、日本本土を直接攻撃できる拠点を確保すると、日本への空襲が激増する。欧州では連合国軍がノルマンディー上陸から2か月ほどでパリを解放。パリ市民が喜びに沸いた。太平洋で日本軍がペリリュー島も失い、アメリカ軍が日本本土に少しずつ近づいて来た、1944年を詳しく見ていく。